「長期的視野に立ったサッカー選手の育成」
小野 剛氏著「クリエイティブ・サッカー・コーチング」に掲載されている文章の抜粋です。

一貫性指導の重性
 わが国では1988年より日本体育協会が、競技力向上のための施策として「長期一貫強化計画」の為のプロジェクトを設けました。その提言を引用する
と「成長期にある子供達を指導する指導者に望まれる事は、その子供が完成期において大きく成長するかを第1の目標とすることであり、目先の勝負に
目を奪われ将来の大きな成長を阻害してはならない」とされています。

 人間の器官・機能の発達速度は一様ではないため、ある課題に対し非常に吸収しやすい時期と吸収しにくい時期とがあります。そのため「最も吸収し
やすい時期にその課題を与えていく事」そして「後の発達の妨げとなる要因を取り除いてあげる事」が大切であると言う事です。

 国際サッカー連盟(FIFA)でも「子供は小さな大人ではない。理論的かつ着実に長期的展望のもとに鍛えていかなくては、良い意味での発達は保証され
ない」と述べ、長期的視野に立った一環指導の重要性を唱えています。

 わが国のスポーツ界は、どの種目においても、ジュニア期の協議成績は世界的にもトップクラスであっても、シニア期になると通用しなくなるのが実情
のようです。サッカーにおいても小学生チームが国際大会で優勝したり、海外遠征で優秀な成績を収めたり、といったことはかなり以前からありました。
しかし「この子達が大人になる頃には・・・」と言われ続けていたのもまた事実です。日本では、小学校・中学校・高校とそれぞれの年代で、選手及び指導
者同士が切磋琢磨しながら、それぞれの年代での高いレベルを築いてきました。しかし、それがトップへとうまく繋がってきたかどうか、ここでもう一度見
つめなおしてみる必要もあるのではないでしょうか。

 それでは人はどの時期にどのような機能が発達するのでしょうか。神経系は人の諸器官の中でも最も早く発達し、小学校入学時には成人の約90%に
達していると言われています。 まず始めに動作の習得が発達し、その後ねばり強さすなわち持久力が、そして身長の伸びがピークを迎えた後に力強さ
が発達していきます。

 サッカーの世界でもヨーロッパの国々では8/9〜12/13歳頃は、一生のうちに二度と現れないスキル獲得の「ゴールデンエイジ(黄金期)」と言われ、この
時期にサッカーに必要なあらゆる技術を身につけさせるとよいとされています。この時期の子供の驚くべき技術習得能力は、竹馬や一輪車など、我々が
今から覚えようと思うとソッとするような事でも、いとも簡単にこなしてしまう事で理解いただけると思います。

 自転車に乗れるようになると何年間も乗らなくてもいつでもスムーズに乗る事が出来るように、神経系は一度その経路が出来あがるとなかなか消える
事が無いと言われています。一方、筋系、呼吸、循環系といったいわゆる体力系は、トレーニング中止とともにその効果も消失してしまうという事も言わ
れています。すなわち、小学校の時期に獲得した技術は大人になっても必ず活きてくるものの、その時期に獲得した体力面に関しては大人になっても必
ずしも活きているという保証はないのです。これらの事を考慮に入れると、小学校期に行うべきサッカーの姿が浮かんでくるように思います。

 しかし、この頃ほど試合で体力がものをいう時期がないのもまた事実です。大人と同じサイズのピッチやゴールを利用すればなおさらの事、1人の卓越
したキック力あるいは走力を持った選手が試合を決める事も珍しくはありません。また、夏の暑い中、連日試合を行えば、体力的に勝っているチームの
ほうが有利です。

 このように「その年代で勝つ事」と「完成期に向けて育てる事」の間には、わずかなギャップが存在するのです。そのギャップに気づかず、我々指導者
は、選手の将来よりも目先の勝負へと走っていないでしょうか。吸収の効率の悪さを練習良で補い、勝利には結びつくものの、それが結果的に子供達の
意欲を低下させている事にはなっていないでしょうか。親などの過度な期待が、コーチや子供にプレッシャーをかけ、自らが楽しむというスポーツ本来の
姿が消えてしまってはいないでしょうか。

ゴールデンエイジとは?

 ドイツの運動学者マイネルは、特定スポーツの技能の習得を適切な時期に始めることを「時期を得た専門化」と呼び、それは9〜12歳頃であると述べ
ています。それはその年代がスポーツの技術を習得するのにもっとも適した時期であり、他のどの年代にも見られない「即座の習得」の可能な時期とさ
れているからです。即座の習得とは、新しい運動を何度か見ただけで、そぐにその運動をおおざっぱながらこなしてしまう能力のことです。サッカーの世
界でも、その時期を「ゴールデンエイジ」と呼び、非常に大切にしています。そしてそれ以前の年代を「プレ・ゴールデンエイジ」、それ以降の年代を「ポス
ト・ゴールデンエイジ」と呼びます。

プレ・ゴールデンエイジの指導(幼児から小学校低学年)

 前出のマイネルによると、「即座の習得」はすべての子どもに当てはまるものではなく、明確な前提条件が必要であるとされています。すなわち、幼児
から低学年までの間に豊富な運動経験を持ち、見た運動に共感する能力がすでによく発達している場合に限られるのです。その前提条件を神経系の
発達から見てみると、運動に関わる部分で言えば、さまざまな動きの一つ一つが新たな神経配線をつないでいくということです。すなわち、ゴールデンエ
イジに入った時点でさまざまな動きを構成する神経配線がめぐらされており、新しい運動を見たときにそれと似た運動の回路が存在するというのが、先
に述べた即座の習得の前提となるのです。

 運動学の分野では、幼児から低学年に至る年代の運動系をいくつかの特徴でとらえています。まずは、どのような運動でも必要以上の力が入ってしま
ったり、必要のない動きまで伴ってしまったりといった「過剰動作」とか「随伴動作」と呼ばれるものです。ですがこのような「無駄な動き」も、当の子どもに
とっては失敗でもなければエネルギーの無駄使いでもないのです。
 また、明確な最終目標のないのも特徴の一つです。そのため、子どもの注意は常に新しいものへと向けられ、たとえ最終目標にたどり着いたとしても
その過程にはさまざまな「寄り道」が挿入されているのです。

 しかし、これらの「無駄な動き」や「寄り道」によって子どもはいろいろな運動を同時に経験し、さまざまな神経回路を形成していくことができるのです。よ
くこの年代の子どもは集中力がないと言われますが、それは誤りで、ひとたび何かに集中すると名前を呼んでも気がつかないほどの集中力を持っている
のです。ただ、先に述べたように次々に新しいものに興味が向けられるために、それが長続きしないだけなのです。また、集中力が長続きしないのはこ
の年代のこどもの欠点ではなく、将来の成長のために生まれつき備わっている機能と考えられるのです。

<指導のポイント>

1.多面的な基礎づくり
 長続きしないが高い集中力を持っている特長を生かすには、豊富な遊びのメニューを持っていることが役に立つはずです。その中に様々な動きが含ま
れていれば必ず後の財産になるものを形成させてあげることができます。
 この年代の子どもたちには、サッカーの練習の他にも手でボールを扱うゲームや、時にはボール無しでのゲームなども取り入れ、さまざまな動きを経
験させ、体を動かす楽しみを知ってもらうとよいでしょう。また、ピッチのサイズやチームの人数などをうまくアレンジしながら、ゲームを通してサッカーを楽
しませていくとよいでしょう。子どもたちはさまざまな技術にトライしようとしますが、この年代の子どもはおおざっぱなのが本来の姿であり、一つのことを
完璧にマスターさせようと細かいことを指摘しすぎてせっかくの運動経過全体をこわしてしまうことのないようにしなくてはなりません。

2.「もっとやりたい」
 また、子どもの活動欲求も高くなってきますが、「もっとやりたい」というところで終わることが、次の練習への大きな動機付けとなるはずです。「サッカー
が好きで好きでたまらない。もっともっとうまくなりたい」という気持ちでゴールデンエイジに入っていけたなら、その子どもにとってサッカーの上達にこれほ
ど有利なことはなく、この年代の指導としては大成功と言うべきでしょう。

● ゴールデンエイジの指導(小学校高学年)

この年代の子どもに特徴的なのは、新しい運動経過をすばやく把握して習得することや、
多様な条件に対してうまく適応する運動系の能力で、「即座の習得」と呼ばれるものです。この年齢における運動系の学習は、大人の学習過程とは大き
く異なり、運動を理性でとらえて分析しながら行うというものではありません。すなわち、子どもは見た運動にただちに共感を持ち運動経過を全体として遂
行していく、すなわち学習過程の普通の手順を飛び越してしまうのです。これは、小さな子どもが言葉を習得するのに文法を必要としないのに似ていま
す。そのため、子どもは特別な指導がなくても新しい運動を2〜3回見ただけで、あるいは1回やっただけで、荒削りではあるがその運動をやりこなしてし
まうのです。

 この年代の子どもはどんな技術でも驚くほど早く吸収する能力を持っており、どのような技術でもスピードやプレッシャーのともなわない状況なら完璧に
行うことが可能となるはずです。しかしながら、多くの子供達にとって、この運動系の発達に大切な歳月はほとんど活用されないまま過ぎ去ってしまうこと
も多く、ここで逃したものは後で再び取り戻すのは非常に難しいのです。「ゴールデンエイジを大切に」というのは、長期的視野でサッカー選手を育ててい
くうえで大きなポイントの一つであると思います。

<指導のポイント>

1. よい見本を見せること
 この年代の子どもは模倣の能力に優れており、良いプレーを多く見せることが非常に重要となります。また、反復練習が効果的になってきます。
 しかし、技術練習を行うときにもゲームの中でその必要性、すなわち「それができればこんなに得するよ」ということを理解させてから行うことによって、
より高いモティベーションで練習することができるでしょう。この年代の子どもは速筋線維が未発達なので、強さよりも正確性を強調すべきです。

2. サッカーの中で技術の習得を
 技術それ自体は単なる道具であり、いい判断が伴ってはじめて生きてきます。よい判断をすること、そのためのよい体の向き、視野の確保などの基本
的なこともこの年代から身につけて行くべきです。したがって、できる限りゲーム(スモールサイドゲーム)の中で技術を身につけていくとよいでしょう。ま
た、実際の試合を観戦させ、全体像としてサッカーを理解させることが効果的です。

3. 内発的動機付けを大切に
 子どもに対しては、誉めることが最高の動機付けになり、プレーを上達させる源になります。特にこの時期、罰で子どもを動かすことは最も慎むべきこ
とです。また、子どもの「認めてもらいたい」という欲求は想像以上に大きなものです。どんな会話でも一人一人に声を掛けてあげることが、子どもにとっ
てどれほどうれしく、やる気を起こさせることなのか、理解してあげてください。

● ポスト・ゴールデンエイジの指導(中学生/ジュニアユース)

この時期は形態面での急激な発達に機能面がついていけなかったり、身体全体や部分の大きさが変化してバランスが悪くなったり、動きが一時的にぎ
こちなくなったりします。また、骨格の成長は支点と力点との距離を狂わせ、今までできていた技術が一時的にできなくなってしまうこともたびたび見られ
ます。サッカーの世界では、このようなぎこちなさのことを「クラムジー(clumsy)」という言葉を使って表現しています。

 別の側面からこの中学生前後の時期を見てみると、個人差の非常に著しい時期と捉えることもできます。中学生の時期というのは、思春期前すなわち
ゴールデンエイジのまっただ中にいる子どもと思春期に入った子どもが混在する上に、個人差が非常に大きいため学年で分けることもできないという大
変難しい時期であると捉えることができると思います。

 しかし、だからこそこの時期を大切に育てていかなければなりません。小学校の時にすばらしい選手であったのに急にスランプになったり、逆に全く目
立たなかった子が急に頭角を現してきたりするのもこの時期です。
このように、この時期が後のサッカー人生に非常に大きな鍵を握っていることもおわかりいただけると思います。

<指導のポイント>

1. 今まで身につけた技術を動きの中で
 新しい技術の習得を前面に押し出すよりも、むしろこれまで習得した技術を維持し、質を高めることに重点を置く方がよいといえるでしょう。

2. 個々に目を向けた指導を
 同一の練習の中でも個々に応じて、あるいはグループに応じてその課題に変化を加えたりするような工夫が重要になってくると思います。
 現実的には確かに難しいことではありますが、「子どもたちに対して画一的な指導はできない」ということが、この年代の指導を考えた時の出発点では
ないでしょうか。

3. 内発的な動機付けを大切に
 思春期は、急激な身体的発達に精神面がついていけなかったり、自我の芽生える頃でもあり、情動的にも極めて不安定な時期にあります。したがっ
て、指導者も選手の精神状態を把握する努力をするとともに、トレーニング中の接し方にもいろいろな注意を払う必要があります。
 しかし、この時期に「腫れ物に触るようにそっとしておく」ことは間違いで、むしろ、より積極的に選手の内面に働きかけていくべきです。親を始めとして
他からの干渉を極端に嫌うこの不安定な時期には、なおさら内発的な動機付けが必要になってきます。

● 子どものスポーツは楽しみのために

最近のサッカー人気の高まりにともない、少年サッカーも大変盛んになってきました。土日ともなると、懸命にボールを追いかける子ども、情熱を持って
指導に当たるコーチ、必死で声援をおくる親たちといったほほえましい姿をあちこちで見かけることができます。

 しかし、近年アメリカでは「身代わりアスリート」という言葉が使われるようになってきました。これは、コーチ・親などが自分の果たせなかった夢を子ども
に託し、過度に期待するあまり子どもにプレッシャーをかけてしまうというものです。適度な期待や応援は子どもにとって望ましいことですが、それが行き
過ぎると子どもを追い詰めてしまい、その結果、子どもは次第に、親やコーチが喜ぶから頑張るという状況になってしまうそうです。そうなってしまうとその
後の行く先は、おそらく想像がつくのではないでしょうか。

 少年少女サッカー人気の高まりは、一歩間違えると、大人の介入、勝利至上主義といった弊害を生み出しかねないものです。「少年少女のスポーツは
楽しみのために」という原点を忘れないようにしたいものです。



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