個人技ってなんだ?(オープンスキルとクローズドスキル)
最近の少年サッカー界の指導方針は「個人技を伸ばせ!」というのが主流になってるようです。サッカーは言わずと知れたチームスポーツです。その
指導重点が「個人技」とはどういうことなのでしょう?いろいろな解釈があるところですが、ここはひとまず私の解釈を読んでみてください。(あくまでも一個 人の意見ですが)
●個人技の定義
最初にも言いましたが、個人技という言葉にはいろいろな解釈ができます。この言葉から誰もが容易に想像し得るのは、フェイントや緩急を使って相手
をガンガン抜いていく技術でしょうか。マラドーナの5人抜きなどは個人技の究極レベルだと私も思います。個人技のアップをこういったプレーをできる事 に目標を置き、ドリブル・フェイントの練習に精を出している子供たちも多いでしょう。しかしこの練習でマラドーナになることが可能でしょうか?答えはNO です。確かにドリブル・フェイントは必要不可欠な技術であり、かなりの練習が必要であることは間違いありませんが、それが全てではありません。マラド ーナはこのプレーで「天才ドリブラー」の名を欲しいままにしましたが、彼の本質はゲームメーカー、すなわち「パサー」だと思います。彼がドリブル一辺倒 のプレーヤーであったなら、5人抜きの偉業が達成できたのかはわかりませんが、彼に抜かれたプレーヤーは鋭いパスを警戒しながらのディフェンスで あり、パスの影に惑わされて突破をゆるしたのではないかということは容易に想像できます。
究極の個人技を身につけるには、偏った技術練習でなく、サッカーに必要な全ての技術、すなわちパーフェクトスキルを身につける必要があると思いま
す。よってここではパスを出す技術はもちろん、スペースに走りこむ能力や、ボールをクリアーする技術も全て個人技のひとつであると解釈して以下に話 を進めていきます。
●パーフェクトスキルを身につけるための2つの要素
サッカーはグランドの中に敵と味方が混在している状況でプレーするスポーツであり、ボールを持ったときにプレーを成功させるためには様々なスキル
が必要になってきます。このスキルが前述のパーフェクトスキルですが、この中には大きく分けて2つの要素が含まれています。
一つは、自分の思い過りにボールを扱えるかどうかということ、言い換えればどれだけ正確な技術が身についているかということです。
もう一つは、ボールが来たときに、その状況に最もふさわしいプレーを選択しているかどうかということ、つまり判断がどれだけ的確かということです。
ナップという心理学者は、前者をクローズドスキル(Closed skill)、後者をオープンスキル(Open skill)と定義しました。
◆クローズドスキル:自分の思い通りにボールを扱える正確な技術
・比較的安定した状況での技術
・状況判断や戦況判断を含まない技術
・技術の要素が多いプレー
◆オープンスキル:状況に最もふさわしいプレーを選択する的確な判断
・刻々と変化する状況での技術
・クローズドスキルを含む「技術プラス判断力」
・判断の要素が多いプレー
技術をこのようにとらえることにより、どのようなメリットがあるのか?それは今、その選手がどのような練習を行えばよいのかの答えを出してくれるとい
うことです。
たとえば、試合中にプレーがうまくいかない選手がいたとします。その選手を観察していると、パスをいい所に出そうとしているけれども、うまくパスがで
きないように見える。こういう選手はオープンスキルはよいがクローズドスキルが欠けているといえます。逆に、練習中に敵がいないときには、正確なキッ クができるのに、試合になるとミスパスを繰り返す選手がいる。こういう選手はクローズドスキルは身についているけれど、オープンスキルに問題がある こととなります。
このような技術のとらえ方の長所は、その選手に何が必要かを明確にしてくれることです。ただし、それが全てではないことはご承知おき下さい。
●パーフェクトスキルを身につけるためには
◆クローズドスキルの定着
オープンスキルとクローズドスキルという考え方は、技術が二つの違った要素に分けられるというものではありません。オープンスキルとクローズドスキ
ルは連続体であり、サッカーの試合中のプレーは、オープンスキル←→クローズドスキルという直線上のどこかに位置づけられています。
判断の要素と技術の定着の要素のどちらのウェイトが大きいかで、プレーの一つ一つの位置づけが決定します。ただし、クローズドスキルは基本的に
はオープンスキルの中に含まれます。それは、基本的にクローズドスキルが身についていないと、流れの中でのプレー、つまリオープンスキルに優れる ことはできないからです。「パーフェクトスキルを目指すには、まずはクローズドスキルから」というのが一般的な見解のようです。
◆オープンスキルとクローズドスキルの伸ばし方
各スキルの伸ばし方は、以下のように考えられます。
@オープンスキル
判断の的確さ・素早さを養う。 → 例えばボールタッチの回数を制限した試合形式の練習
Aクローズドスキル
ボールフィーリング、ボールタッチを養う。 → 例えばゲームと切り離した形での反復練習
試合で通用する技術に向上させるためには、オープンスキルを伸ばす練習とクローズドスキルを伸ばす練習を交互に行うことが大切です。試合形式の
練習だけでは正確さを追求するための反復練習が不足するし、試合と切りはなした形での反復練習だけでは、状況判断の能力や戦術眼が養えませ ん。この二つの要素を交互に繰り返すことによって、いいプレーができるようになるはずです。
◆クローズドスキルからオープンスキルへの移行
判断を伴わないクローズドスキルは、ゴールデンエイジといわれる小学生年代が学習に最適な時期です。この時期、神経系の発達が大人の90%以
上に達しており、特に吸収力が高いので様々なスキルを習得するのに理想的なのです。一度身についた技術は、神経回路が形成され、トレーニングを 休んでも低下しないので、大人になってからも活かせる恒久的なものとなります。自転車と一緒ですね。
しかし試合では、こうして身につけた技術を状況の変化に対応して、いかに適切なタイミングで駆使するか、またどの技術を用いるかといった判断力す
なわちオープンスキルが重要となります。いかにしてクローズドスキルからオープンスキルへ移行させていくか、またどのようにして与える負荷を増してい くか、といったことが重要なポイントとなってきます。素晴らしい技術を持っているのにのに試合では…という選手になりたくないですよね。パスの強弱、タ イミング、方向などはクローズドスキルでは判断する必要がありません。事前に決まっているからです。どんなに優れた技術、能力を持っていても、正確 に適切なタイミングで活用することができなければ宝の持ちぐされになってしまう。実戦で重要なのはオープンスキルであり、このレベルアップが重要とな るのです。
●上手になるとはどういうことか
技術が向上していく過程で最も変化しているのは、実は“選手の頭の中”なのです。
一つのプレーをするときには、頭の中で瞬時に@情報を受け→A情報を判断し意志決定する→B決定したことを実行する→C実行したことの結果を
知る(フイードバック)、という働きがなされます。
わかり易く説明すると、まずプレーヤーは、目・耳・筋肉・皮膚などでとらえたボールの位置・敵や味方の位置から、自分がどのような状況におかれてい
るか理解し(オープンスキルの要素)、どのようにボールにタッチするか(グローズドスキル)を、“過去の記憶”に照らし合わせて決定する。意志決定され た命令が筋肉に届いてプレーとして表現され、そのプレーの結果がまた“記憶”に送り込まれるのです。
こうした過程の繰り返しによって、技術が向上していくのですが、筋肉は“頭の中で決定されたこと”を実行しているだけであり、最もよく働き、変化して
いるのは“頭の中”なのです。
プレーを成功させるための“記憶”には二つの要素があります。一つは自分の筋感覚(クローズドスキル)についての記憶で、もう一つは状況判断(オー
プンスキル)についての記憶です。うまくなるためにはこの二つの要素について、できるだけ多くの情報を記憶しておくことが重要です。そして記憶の中に 次によい意志決定をするための「よいイメージ」を残しておくことが特に重要となります。少年期にほめる指導を心がける理由はここにあります。「ボール をこうけったらうまくけれた」、「こういう感じで止めたらボールがうまく止まる」、「こんな状況ではこうプレーするのがいい」、そういったイメージを常に意識 して記憶のに送りこむようにするのです。やってはいけない事を理解させるのも大切ですが、子供の記憶には「ダメ」というイメージが残りにくいのは、み なさん十分承知のことでしょう。何度ダメだと注意しても同じ事を繰り返すのが子供ですからね。(と、わかっちゃいるが怒鳴りまくってるのが親の現実。こ こは指導者の方、よろしくお願いします。)
このように頭の中の働き、特にフイードバックはプレーにおいて非常に重要な働きをします。あるプレーをしたときに、そのプレーが予測した通りの結果
をもたらしたかどうか、あるいは、予測した結果とどの程度違っていたかを確認するのがフィードバック。これを繰り返し、予測した結果(理想的なプレー のイメージ)との誤差を修正していくことによって、技術は向上していくのです。
フイードバックした情報は“記憶”に貯えられますが、数々の情報が統合されてオープンスキルとクローズドスキルのイメージが形成されていきます。
クローズドスキルのイメージとは、自分の身体感覚、筋感覚についてのイメージです。繰り返しの練習の中で感覚をつかむ、いわゆる「体で覚える」とい
うことです。
これに対してオープンスキルのイメージとは、“プレーの流れに対するイメージ”あるいは“プレーのパターンに対するイメージ”ということです。これは自
分のプレーの筋書きをイメージするということ。よい試合やよいプレーを見ることによって、できるだけ多くのプレーの流れ、プレーのパターンを覚えれる ようにしたいですね。
●ゴールデンエイジが目指すのは本当にパーフェクトスキル?
サッカー選手としてパーフェクトスキルが必要であるのはご理解いただけると思いますが、小学生が目指すべきものであるかについては様々な意見が
あります。ここでは、反対派の意見を取り上げてみます。どの意見も納得できてしまうのですが、私の思考ではやはり「目指せ、パーフェクトスキル!」で す。各意見に対しての反論すべき点も見つけることができます。みなさんはどう考えるのでしょうか?もちろん人それぞれでしょうが。
◆モチベーションの低下
完全なるものは苦行によって得られる。楽々得られるのであれば、誰もがパーフェクトプレーヤーになれてしまう。耐え忍ばないと得られないのであれ
ば、耐え忍べる年代までは控えたほうがよい。つらいことはやりたくないのは子供が一番顕著である。
◆サッカーはサッカーをすることによって上達する
オランダサッカー協会は、12歳まではNo Drill とはっきりと指導指針に謳っている。すなわち「始めから実戦の中で技術を身につける」やり方を推奨し
ている。
◆イマジネーションのスポイル
世界ではストリートサッカーから多くのトップアスリート達が誕生してきた。彼らの卓越した技術やひらめき、勝負への執着心は、少年時代に培われたと
言ってもよい。このストリートサッカーのポイントは、端的に言えば、「サッカーに関わる時間」であり、「考え工夫する力」であるといえる。小さい頃から、ち ょっとの時間やスペースを見つけてはボールに触れた経験が今の技術を支えているし、独自のルールや勝つための工夫を繰り返したことが今の創造性 を可能にしている。このストリートサッカーから、紛れもないファンタジスタたちが誕生してきたのである。最近は正しいトレーニング法(?)が行き渡り、 「技術・戦術」のレベルも確実に上がっている。しかし、効率的で効果的なトレーニングが、逆に選手の個性、創造性を摘み取ってしまっている。つまり、 理論に裏付けられたトレーニングも必要であるが、「自ら工夫したり、問題解決したりする力」を育てるトレーニングの必要性を再考し、将来のファンタジ スタの種を蒔いておくべきではないか。ドリブル突破やトリッキーなパスなど、自由な発想でサッカーを楽しむ経験が、その選手のサッカーを支えるベース となることは想像に難くない。
◆感動を与えるプレーが見たい
サッカーとの付き合い方や取り組み方をどのように身に付けるかで、その後のサッカーは大きく変わっていくだろう。高度なチーム戦術が徹底されてい
るチームも芸術的だが、局面での個人の創造的なプレーに感動を覚えるもの事実。決して唯一の正解が存在しないサッカーというスポーツには、個々の プレイヤーの豊かな発想がどうしても必要だ。
●あとがき
「個人技ってなんだ?」という題名からかけ離れた内容だと感じた方もみえると思いますが、それは個人の考え方ということでご容赦ください。 サッカー
選手として最終的に要求されるのはパーフェクトスキルであることは間違いありません。その中から自分が得意とするプレーを見つけ出し、更なる磨きを かけていければ理想的だと今の私は考えています。実はドリブル・フェイントで持ちこみ、ゴールを決める事こそ個人技だと思ってた一人ではあります が...
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